日本の首都として、約1420万人の暮らしを支え、多岐にわたる行政サービスを展開する東京都。全庁横断型の広報・PRを専門的に担う「戦略広報」職員の公募を実施する。今回の公募に伴い、外資PR会社を経て同ポジションで働く古川 慎太朗さん(政策企画局 戦略広報部 戦略広報担当課長)を取材した。知見を活かし、都民の暮らしの豊かさに貢献していく――そのキャリア選択の裏側を追った。
もともと広告代理店・PR会社でキャリアを積んできた古川さん。転職を考えた経緯、東京都入庁の理由から話を聞いた。
まず経歴としては新卒でWeb広告代理店に入社し、その後、外資系の総合広告代理店、PR会社で経験を積んできました。デジタルを中心とするプロジェクトに関わることが多かったのですが、特に3社目となるPR会社ではデジタルにとどまらず、総合的なコミュニケーションの設計に関わることができ、戦略立案からその後の実行まで一気通貫で担い、経験の幅も広げることができました。
代理店やPR会社は、多種多様な業界の企業を担当できますし、常に新たな挑戦ができる点に魅力を感じていました。一方で支援する企業が扱っている商品・サービスは違えど、大枠の業務の進め方としては共通する部分が多く、新しい領域にも興味が出てきたというのが正直なところでした。また、私生活でもライフステージの変化があり、仕事との付き合い方を見直したいと考えるようになりました。
様々な転職先の選択肢がある中で、なぜ、東京都だったのだろう。
転職を意識し始める少し前、代理店時代の元同僚との何気ない会話が東京都を志望するきっかけの一つになりました。その元同僚はオーストラリア人なのですが、久しぶりに来日した際、「今、何をしているの?」と尋ねると「行政で働いている」という答えが返ってきて。当時は「そういうキャリアもあるのか」と新鮮に感じた程度だったのですが、改めて転職を考えるタイミングで、東京都が戦略広報を公募していると知り、「そういったチャレンジも面白いかもしれない」と応募をしました。
私と似たキャリアバックグラウンドを持つ人たちの中では、転職をする場合、別の代理店・PR会社へ移るか、外資系企業のPRやマーケティングの担当になるケースがほとんどでした。私自身、少し天邪鬼な性格もあって、東京都での仕事は周りに前例がなかったからこそ、かえって魅力的に映ったのかもしれません。「どうせなら誰も予想しない、全く違う環境に挑戦してみよう」と東京都への入庁を決めました。

選考で印象に残っていることについて「面接のなかで“東京都をホールディングスカンパニーに例えて説明された際に、それであれば面白そうだと思いました。」と話をしてくれた古川さん。「代理店業の醍醐味は、様々な業種・業態のクライアントに関われることで、それが飽きずに仕事を続けられた理由でもありました。一方で、仮に事業会社に転職して、単一のブランドやプロダクトを追求するミッションを担った場合、果たして飽きずに続けられるのか…という不安もあったんですよね。その点、東京都なら、警察、防災、福祉といった生活の基盤を支える事業から、DXを推進するデジタルサービス局、スタートアップイベントまで、携われる事業は非常に多岐にわたります。それが『まるで複数の事業を持つホールディングスカンパニーのようである」と。事業会社のように主体性を持ちつつも、代理店のように多様な領域に携われる。それが魅力に感じたところでもあります。」
こうして2025年4月、東京都に入庁した古川さん。どういった事業に携わっているのか、その概要について聞くことができた。
現在、主に関わっているのは、デジタルサービス局が提供する都民向けアプリ「東京アプリ」や、東京を国際金融都市として確立させることを目指す「国際金融」関連の事業、国際的なスタートアップ・イノベーションを推進するイベント/プラットフォーム「SusHi Tech Tokyo」などです。私以外にも民間出身者はいますが、それぞれの強み、専門性、培ってきた知見・経験を活かせる案件に関わっているように思います。
入庁後に感じた良い意味でのギャップ、意外だったのは、仕事のスピードが非常に速いことです。もちろん確認・承認の段階は必須ですが、そのプロセスも驚くほど速いです。日々変化する情勢に合わせて最適なタイミングで情報を発信する「機を逃さない」という姿勢も民間企業と変わりなく、最適な広報の実現に向けて全員でやり切る、組織全体に推進力があると感じました。また、分析ツールなどの活用も想像以上に進んでいますし、生成AIのような先端技術を用いた庁内での取り組みもあります。もしかすると「行政で働く」というと「一体何をやるんだろう」と不安に感じる方もいるかもしれませんが、代理店や事業会社のマーケターとして従事されてきた方々の経験が活きる場面は多いです。その点は安心して応募いただけるといいなと思っています。
一方で、民間企業との大きな違いについて「責任の範囲」を挙げてくれた古川さん。そこには行政ならではの考え方、携わる醍醐味があると言えそうだ。
民間企業の場合、その商品やサービスを「利用するかしないか」は消費者が自由に選べますよね。行政でも、個人などがニーズに応じて利用する支援制度もありますが、一方で行政サービスとして広く全員に一律に適用される仕組みもあります。その場合、ターゲットの優先順位をつけることはあっても、特定の層をまったく考慮しないコミュニケーションは許されず、多様な人々の存在を否が応でも実感することになります。約1420万人もの都民、それぞれの幸せ、考え方の多様性に向き合っていく。そのような視点が非常に重要になると感じています。そのプロセスを通じて気付かされるのが「人の生活は、こんなにも多種多様性に溢れているのか」という当たり前の事実です。だからこそ、様々な視点から企画や施策の検証が必要とされますし、責任の種類は民間とはまた違うものだと思います。そういった意味でも、自身が企画段階から携わり、作ったものが世の中に出ていくことへの良い緊張感は、日々新鮮な感覚です。

前職までの経験が活かせていると感じる場面について「企画を組み立て、実現に向けて進めていくプロセスでこれまでの経験が活かせていると思います。」と古川さん。「例えば、現場でアイデアが出たとき、それをどう資料に落とし込み、どう説明すればわかりやすいか。代理店で企画書を作成し、コンペやプレゼンしてきた経験は、そのまま活きている部分でもあると思います。」
そして最後に、古川さんが「仕事を通じて実現していきたいこと」とは――。
あくまでも都民のために、行政の中で自身に求められる役割を全うし、その結果として50年、100年先の未来に残っていくような仕事ができるといいなと思っています。今、関わっている事業でまさにそういったテーマに取り組んでいます。5歳の息子がいるのですが、いつか大きくなった時に「あれはじつはお父さんが最初に関わったんだよ」と少し自慢げに話せたら嬉しいですね。
